定番料理とは別の顔を持つインド料理店の存在
アジアハンターの小林真樹さんの書かれた「日本のインド・ネパール料理店」はもう読まれただろうか。もちろん読みましたよね。
この本によると、バターチキンカレーやタンドリーチキン、ナンにターメリックライスといった定番インド料理を出す店が日本各地にあり、それらはネパール人が経営していることも多く、この本では「インド料理を(も)出すネパール人の店」を「インネパ」と定義し、どの本よりも深く調査している。
彼らが日本で出しているタンドール窯を使った北インド料理は、素人目だとどこも同じように見えるが、当然それを作る料理人のバックボーンはそれぞれ違う。そのため一か所に何度も通って仲良くなることで、その料理人が実は得意とする裏料理を作ってもらえることがあるのだとか。
そんな体験ができればそりゃ楽しいだろうなと思うものの、私には語学力もコミュニケーション能力もまったくない。日本人経営の飲食店ですら常連という店がほとんどない。インネパ店の店主とツーカーになるなんて夢のまた夢だ。
だがそんな私にインネパともちょっと違う、よりややこしいインド料理店の裏メニューを食べる機会がやってきた。要するに小林さんから食事会に誘われたという話である。
最寄り駅は東武アーバンパークライン(野田線)の増尾駅。初めて降りたよ。
増尾駅で食べるベンガル人のケーララ料理
その店は千葉県柏市増尾台の「ミナレストラン(Mina Restaurant)」。
インドの北東に位置するベンガル出身のカーン兄弟が経営する店で、彼らは地理的に真逆のインド南西部ケーララ州で料理人をしていたため、今日のように人数を集めて予約をすれば、日本だとレアなケーララ料理が食べられるそうなのだ。
ITで栄えているインド南部は慢性的な人手不足。料理人のなり手が少ないため、北部から出稼ぎに来ているコックがとても多く、そこで技術を身につけてさらに別の場所へ旅立つ場合もあるのだとか。
ベンガル人が出すケーララ料理、最高じゃないか。ケーララ料理を出すベンガル人だから、インネパならぬ「ケラベン」の味が日本で楽しめるとは。ある意味、本当の本場料理だ。
さらにカーン兄弟はケーララだけでなく中東での料理経験があるため、アラブ料理やアラブスイーツもお手の物。一見するとよくあるインド料理店だが、「実は……」が多い店なのである。
柏市のMina restaurantではバクラヴァなど中東菓子の他、ベンガル出身の職人ハーフィズさんが長年の南インドでの勤務で習得した製菓技能を発揮したケーララ・ハルワーまで購入可能。試食があまりに美味かったので2パック購入して帰宅後インド食器に盛り付けて食べる。 pic.twitter.com/CA6sd6Oiyf
— アジアハンター小林『日本のインド・ネパール料理店』阿佐ヶ谷書院より2月24日刊行 (@AsiaHunter_com) December 10, 2022
駅から少し離れた住宅街に佇んでいた。
一階がレストラン、二階がハラルフードシップ。
「なぜここに?」というインド料理店は全国各地にひっそりとあるらしいよ。
スナックの居抜きなのかな。
通常メニューを見せてもらった。イオンのフードコートにあってもおかしくない、ザ・インド料理の店だ。
ディナータイムは中東仕込みのケバブも色々楽しめる。インド・ネパール料理の店ではなく、インド・アラブ料理の店。でも今日はケーララ料理というややこしさが最高。
本日のメニューは小林さんリクエストによって組み立てられた、ケーララ料理しばりのコース。
ケーララといえばミールス、ケーララのミールスといえば「作ろう!南インドの定食ミールス」という素敵な同人誌のレシピ本がある。私が作った本だ。買おう。
この本を作った関係で、ミールスだけは何店舗か食べたのだが、それ以外の経験がまだまだ浅い。とても楽しみな一夜である。
かっこいい名前のビールを注文。インドのビールらしい軽さと甘味。
本日のスペシャルメニュー
小林さんから具体的にどんな料理が出てくるのかは、まだ一切聞いていない。
さて最初は何が出てくるのだろうかとワクワクしていると、運ばれてきたのは日本のインド料理店のアイコンともいえる、オレンジ色のドレッシングが掛かった生野菜サラダだった。
どうやらサービスらしいのだが、そうきたか。
「これは頼んでいないんだけどな~」と苦笑する小林さん。
どんな料理を頼んでもこのサラダを出さないといけないというルールが日本インド料理界にはあるのかもしれない。好きだからいいんだけど。
この後にバターチキンカレーやナンが出てこないかと不安になったが、そんな心配はもちろん杞憂だった。
見るからに気合入っていることが伝わってくる、カレーリーフとココナッツをたっぷり使った渾身のケーララ料理が次々と登場したのだった。
ケーララ・ハルワー職人のいる柏市増尾台のMina Halalでケーララ料理しばりの食事会。前回訪問時店にベンガル人兄弟たちがコリコーデやコチなどで長らく勤務し菓子だけでなく料理も出来る事から実現。ビーフ・フライ、チキン・イストゥ、チェンミーン・ロースト、パロッタ、ラッサム、ハルワーetc pic.twitter.com/bBiJ6wRyN0
— アジアハンター小林『日本のインド・ネパール料理店』阿佐ヶ谷書院より2月24日刊行 (@AsiaHunter_com) December 27, 2022
ビーフフライ。しっかりとスパイシーだかそこまで辛くなく、驚くほど柔らかい。
パロッタ。この料理を知るといつの間にか体重が二割増しになるともいわれている危険な料理。小麦粉をたっぷりの油と捏ねて焼いたもので、今一番作り方を覚えたい粉ものかもしれない。いやだから太るって。
ケーララシチュー(チキンイステゥ)。骨つきチキンをココナッツ、フェンネル、クミンなどと煮込んだ料理。北海道料理だと言われたら、そうなのかなと思うくらい口に馴染む穏やかでクリーミーな味。
エビのロースト。マサラはタマネギたっぷりで黒糖の甘さとコクを感じる。小林さん曰く、ケーララ料理といえばビーフとエビだそうだ。
ラッサム。トマトとタマリンドと胡椒がガツンと効いている。事前にお願いすればケーララのミールスも作ってもらえるはず。
サンバル。豆や野菜をしっかりと煮崩したとろみのあるタイプ。ダイコン、カブ、ニンジン、ドラムスティックなど。
サンバルにドラムスティックが入っていると嬉しいですよね。
サフラン風ライスもモリモリといただく。
デザートはサクサクの甘すぎないバクラヴァ、ハルワーはういろうか葛餅みたいな不思議食感。
マサラチャイでフィニッシュ。
ごちそうさまでした!
テイクアウトのスイーツやケバブセットもある。
ピスタチオたっぷりのバクラヴァを買って帰りました。
都心からはちょっと離れていますが、予約次第では中東料理もケーララ料理も食べられる貴重な店だと思います。
二階のハラール食材店も見学。
ということで、貴重なベンガル人が作るケーララ料理をたっぷりと堪能させていただきました!
■ミナレストラン
https://www.facebook.com/people/Mina-restaurant/100086533873832/
ミナレストランのランチで定番インド料理も食べてみよう
ミナレストランでケーララ料理をいただいた数日後、ちょっとした奇跡が起こった。
ニューオークボという老舗パスタメーカーの取材があり(こちらの記事)、人生で初めて訪れたばかりの増尾駅に、なんとまた訪れたのだ。そんなことってある?
取材は午前中だったので、ランチに一人でミナレストランを訪ねてみた。
まさか別件でまた増尾駅にくることがあるなんて。
やっているのかな?
これは営業中なのだろうかと不安を抱きながら扉を開けると、お客は誰もおらずカウンターでカーン兄弟が談笑し、テーブルでは一族の者らしき子どもがご飯を食べていて、やっぱり営業中じゃなかったのかと一瞬戻ろうとしたけど、確認したら営業中だった。
メニューに店名のついたセットがあれば頼んでおけば間違いないと誰かに教わったような気がしたので「ミナセット」を注文。
「アラビアティーとスウィーツを出すからゆっくり待っていてね~」とのこと。
ゴージャスなアラビアティー(ノンシュガー紅茶)がでてきた。
サービスと思われるスウィーツ。
もちろん生野菜のサラダがついているよ。
好みのカレー2種類、チキンティッカ、シークケバブ、ナンかライス、ドリンクのセット。
ミールスのダールとは全然違う濃厚ダルカレー。
マトンカレーは安心の味。
チキンティッカ(小さいタンドリーチキンで骨なしが多い)とシークケバブに、カーン兄弟が中東で過ごした日々を感じよう。
追加でライスを少しもらった。
ドリンクは日本のインド料理店らしくラッシーで。
昼間のマナレストランもおいしかった。平均的な日本のインド料理店よりも、欲しい味にしっかりピントが合っていて、どれもかなりおいしい気がする。それは私がこの店の正体(?)を知っているからだろうか。
途中で日本人のお客さんが一人でプラっと入ってきた。地元ではすでに知る人ぞ知る存在なのだろう。
こうして通常メニューにある日本フォーマットのインド定食を食べながら、先日この場所で本格ケーララ料理を食べたんだよなあと不思議な気持ちを味わったのだった。
KHANさんと
購入した謎のデザートもおいしかった。
※ちょっと買い物しませんか※